2009年06月02日

「インターネットが教えてくれる」のは、「真実は沢山ある」こと。

さて、ひょんなことから、幕末の写真を知った。そこから、「明治天皇替え玉説」を知る。

「真実はひとつ」などというが、現実は「群盲象を触る」である。



大江健三郎の「沖縄ノート」。
たとえば、沖縄戦で何が起きたか…。中佐から命令があったと感じて飛び降りた民間人もいるだろう。そして、中佐から命令されていないと確信できる、下士官もいただろう。
「言ったか言わないか」なら、大江氏の負けだろうが、「命令がなかったか」といえば、暗黙の了解はあったのかもしれぬ。そして、敵が迫る極限状態の中で、生死はほんのささいなことで決意される。

ここにおいて、「真実はひとつではない」。



明治替え玉説も同様だろう。

なんでも、京都明治天皇と東京明治天皇がいるという。
京都明治天皇は殺されたとか、会津に逃げたとか、諸説紛々である。東京明治天皇は、南朝の落胤、海賊の末裔、天海大僧正の子孫とか…。

http://mentai.2ch.net/whis/kako/996/996420610.html

http://blog.livedoor.jp/asdthkou/archives/14904964.html

このような情報の混乱を見ていくと、インターネットの情報の本質というのが見えてくる。

私たちがいままで信じていたものが、「何だったのか」。それを「信じていいのか」。「それでも信じる」のか。

2009年の私たちは、「真実」を金科玉条にして、ひとつの情報を100%肯定して、ひとつの情報を否定するばかりか、存在さえ抹殺してはならない。



私は、明治以降の天皇制に関する陰謀説に接した。
だが、それはきっと驚くことではない。明治期にそのようなことが行なわれていたのだから、権謀述作が跋扈した時代には、もっと隠微なことが行なわれていたに違いない。

そして、フランス革命前夜のフランス宮廷では、市民を観客にした公開出産が行なわれていたことを想起する。だが、日本の家督制度は血族主義ではない。両養子で家督を守ることも珍しいことではない。ならば、「真実であろうと虚偽であろうと驚くにはあたらない」。「騙された」などと思わない。
王様の首を取るために、何万人もの兵士の命を消費する戦争に比べたら、きわめて人道的なもの…。
西郷隆盛がそのような決断をしたとしても、彼への尊敬は失われない。

だから、私の中の天皇制の価値は揺らがない。ただ、生涯を通じてそれらの役目を果さなければならぬ方々の辛さを思い、痛切に思う。

そして、「真実を知る」ことの虚無を知る。

私たち日本民族は、さまざまな物語をつくってきた。それは、「群盲像を触る」な現実を表現している。



インターネットの普及によって、何が起きてきたか…。

いままではイエロージャーナリストを経てしか耳にはいらなかった情報が、訥弁な古老の話として伝わってくる。
私は、大江氏をイエロージャーナリストと断じ、原告を訥弁な古老と考える。それが、私の紡ぐ物語である。
posted by スポンタ中村 at 09:02| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今日はクリスマスイブ。一期一会。私はこの言葉がとても大好きだ。みんなにもこの言葉の素晴らしさを身を持って体験して欲しい。
Posted by 出 会 い at 2011年12月25日 01:49
2012年も色々な話題を振りまくこと必須!ネットでは様々な噂が飛び交っていますがその真相を確かめるのか否かはあなた次第です。
Posted by グ リー at 2012年01月03日 19:16
今年こそ童貞脱出したい!と思っている童貞の皆さん、おまたせしました!この童貞卒業チェックサイトで今年最初の運試し!あなたは実は童貞卒業目前かもしれませんよ!?
Posted by 童貞 at 2012年01月06日 14:56
とうとうカラコンが発売されるみたいだよ!まだまだ購入できるサイトが少ないから見逃さないで!
Posted by デ コ ログ at 2012年01月24日 03:56
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