2008年11月02日

第二章:11

 2006年。ブログが普及し、2ちゃんねるの知名度もかなり一般的になった。そのトピックスは、次々に発生する有名人ブログの炎上だ。
 その代表例を挙げれば、日本テレビの元アナウンサー氏が元同僚のわいせつ犯を擁護する書きこみを自分のブログに書き込んだこと。また、冬季オリンピックで活躍した女子選手がブログにおいて、自分の専門分野とは関係のないボクシングについて意見を述べたもの。また、障害者である有名人が皇室について言及したものも、炎上を招いた。
 2007年8月の、この原稿を執筆している時点においても、女性タレントがあるアニメ作品を絶賛した挙句、その次回作にキャスティングして欲しいという願いを書いた。

(炎上したブログの画面)

 ネットメディアたちは炎上の理由が分からぬというが、そんなことはない。
 彼らは有名人・著名人というエスタブリッシュにある立場を利用して、自らの権威とは関係のない言論を紡いだ。もしくは、自らの利益を誘導するための言論を展開したのだ。
 彼らが無名氏であれば、炎上などすることはなかった。だが、彼らは有名人という注目度を使って、自説でしかない言論の一般化を目論んだのだ。そして、それらがネット者たちに嫌がられるのは、発信において「切実さ」が欠如している場合だ。
 有名だから何を言っても許される。世間から注目されると思い上がって…。というのが炎上コメントを書き込む人達の心理に違いない。
 有名芸能人という知名度がカテドラルの巨大構造物として機能しているにも関わらず、そのことに留意せず、日常会話の延長線のようなヨタ話をブログですれば、炎上は必至なのだ。

 そうした既存マスコミをはみ出た人達がインターネットで言説するという風潮とは別に2006年あたりから顕著になってきたことは、批判という文脈ながらも、テレビ・新聞・雑誌に限らず、インターネット言論を引用しはじめたことだ。
 雑誌にはアクセスランキング、人気キーワードのリストが定期的に紹介される。テレビの報道番組でも、2ちゃんねるの話題を追って報道される場合も無いとは言えない。
 その典型が、マンションの耐震強度偽装事件に関連する「きっこの日記」だろう。それ以前から、「きっこの日記」の人気はあった。しかし、その存在が2ちゃんねるで話題になることで、マスコミの注目を呼び、話題が話題を呼ぶことで、一大ブレークを呼び起こした。
 それ以前にも、「電車男」などという話題があった。だが、それは一種の都市伝説のようなものであり、それが印刷媒体・ドラマ・映画などのコンテンツメーカーたちを巻き込むことで社会に浸透していったことは目新しい出来事ではない。
遡れば、「口裂け女」もあるし、「一杯のかけそば」などもその類かもしれない。
 だが、最近のインターネット言論の社会的注目度はそのようなレベルではない。いま、新聞やテレビ・雑誌の中で、取材にインターネットを参考にしなかったコンテンツがあるかといえば、それはかなり厳しい割合になるのではないか。

 その一方で、テレビ・新聞などのマスコミ者たちのインターネットに対する敵愾心は限りなく盛り上がり、それは社会を巻き込んで暴発寸前となる。その結果が、2007年。正月早々に2ちゃんねるの閉鎖騒動だ。
posted by スポンタ中村 at 19:18| 東京 ☁| Comment(0) | 第二章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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