2008年10月30日

第二章:08

【メディアである故に攻撃された2ちゃんねる】

 さて、2007年の正月はインターネットにとって画期的な年だった。毎日新聞では、「ネット君臨」というコラムが一面をにぎわせ、2ちゃんねるの管理人である西村氏がインタビューを受けた。
 毎日新聞がそのような紙面構成を組んだ理由のひとつとして、その直後の1月15日に始まる「2ちゃんねる」が、運営者・西村博之氏の債権未払いに関連する閉鎖騒動を予期してのことだったのかもしれない。

 これは、カテドラルの主(既得権者)たちが、聖堂の前に出来上がったバザールに集まった人たちに退去命令を出したと、形容することもできる。

 思えば、カテドラルは巨大な建築物が周辺にとって巨大なランドマークとなることで周囲を威圧し人々を集めてきた。カテドラルに集まった群集たちのある人達は建物の中に入り、ある人達はその周囲に屯した。そのように情報通信手段に乏しい中世ヨーロッパにおいて、巨大な建物が一番の集客ツールだったのだろう。
 そして、そのように吸い寄せられた人達が、カテドラルやバザールというメディア(媒体)の上で情報を交換したたのだ。
 ここでもし、メディアがなくなれば、その上にあるコンテンツも消滅せざるをえない。また、メディアの存続が危ぶまれるなら、その上に乗っかっているコンテンツも変質を余儀なくされる。
 カテドラルの周囲には富も権力も集まりやすく、それが周囲から、目の仇にされやすかったに違いない。具体的にいえば、カテドラルを牛耳る宗教者とは別に、封建君主たちが周辺地域には存在していたはずで、彼らがカテドラル周辺に人々が集まることを好ましく思っていたとは思えない。 その結果、封建君主たちと宗教者の間で戦いはつねにあったのだろうし、その中で、メディアが存亡の危機を乗り越えるなどということも枚挙に暇がない。
 諦念を持って形容するならば、人が集まるところには、いつの時代も災いの種は尽きぬのだ。

 とはいえ、本当に、カテドラルやバザールがなければ、人と人は情報を伝達できないのだろうか。メディアがなければ人と人はコミュニケートできないのだろうか…。
 そんなことはない。いつの時代も、人と人はコミュニケートしてきたし、それはメディアがあろうとなかろうと関係がない。それが、P2P(メディアを介さない情報伝達方式)の時代であったはずだ。中世においても、口コミはあっただろうし、放浪の民(ロマ)を通じて情報が伝達されるということもあったに違いない。
 
 だが、そのようなツールが、「カテドラルとバザール」という随想が書かれた1997年のアメリカにはなかったのではないか。
 だが、2007年の日本のインターネットユーザーは、カテドラルのような巨大なランドマークの光栄に浴さなくとも、コミュニケーションすることができる。
 その典型的なツールがRSSリーダーだ。
 RSSリーダーの普及率はいまだ低く、インターネットのヘビーユーザーたちにその使用は限られているという分析もあるが、ブログの普及とともに、RSSリーダーはいまではインターネットを使う人にとっての標準的なツールのひとつでもある。
posted by スポンタ中村 at 18:57| 東京 ☁| Comment(0) | 第二章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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